エジソン開発打法【第2回】

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「昔は変わり者と呼ばれていました。」
歴史上に名を残す人物には、このフレーズがお約束ですね。

先日、友人が「変わり者がウケる時代だ」と
モンチョに嘆いてきました。

何でも、自分にはそういった非常識的な部分が
欠けているというのです。
モンチョはこの嘆きを出発点に勝手な分析を試みました。
分析のデータには織田信長。ありがちですが。

「長篠の戦い」以前の戦いは
基本的に一騎打ちでした。
武将は戦場で自分の出身地やら
家系,名前、年齢,戦歴などを互いに
告げ合ってから戦っていました。

しかし、信長は武田勝頼を撃破するために一騎打ちを拒否。
さくを設けて有名な鉄砲隊の三段構えで軍勢を迎えたのです。
きっと武田は、その非常識を批判したのではないでしょうか。
「やはり『うつけ』じゃ!わけのわからぬマネをしよる!」といった風に。
しかし、常識の武田は非常識の信長に敗北したのです。

武将の一騎打ちだって、最初は非常識だったのでは。
でも「あれ、イイわ」ってことになって、
みんながやり始めた。常識に変わってしまったわけです。

常識は「マヒ」であり「思考停止」でもあります。
それ、怖いっスね。武田軍が悲惨な例。
モンチョが思うに、「名をはせた人」というのは、
信長のように常識を認めず、「マヒ」や「思考停止」を
受け入れなかった人が多かったんじゃないかなと思います。

ところで、昔は「夜を明るくする」といった非常識こそが、
夢そのものでした。
ですが、非常識を常識にしていった現代人にとっては、
非常識を見つけること自体が難しくなってきているように思います。

非常識の発見こそが夢の始まりであり、
偉業への第一歩と感じます。
日常生活の中で「あれって、できないかな?」と思考してみたり、
「これって、変じゃない?」と、ちょっとした違和感を感じとることが
大切ではないでしょうか。
そう考えると常識にとらわれない「変わり者」が
ウケる要素は現代に多分にあります。
でも、その思考が簡単に偉業へ
変換できるわけではないですけど…。

例えば、エジソンだって最初は
「変わり者」だったかもしれません。

しかし、彼はやってくれました。

きっとだれもがエジソンになれるチャンスを持っています。
あとはどれだけ非常識を追いかけることができるか、
ということじゃないのかな?と、思う今日このごろ。

もちろん努力も必要。
「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」ですし。
でもそれは、資質や才能なんて脳みそのオプションに
過ぎないってことです。あとは意識次第な訳です。

とにかくモンチョは今、
日常を何となく過ごすのをやめています。
ひょっとしたら、自分が第二のエジソンになれる・・・
かもしれないので(^^;







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コメント(1)

いやはや、今回は本当に時間が無かった・・・
ネタもあんまりうかばないし・・・
まあ、間に合ってよかったですわ。

編集担当の方には、
随分苦労かけたろーなー・・・(--;
かなり添削してもらったし。

コンセプトとしては、
日常がちょっと同じに見えすぎて
退屈してたせいもあってか、
常識というものがウザったくなったこともあってか、
こうゆう内容に決めました。

でも、慣れは怖い。。。
いや・・・マジで(^^;
本文中には、載せてない言葉でいうと
「マヒ」 にあたる訳ですから・・・。

まあ、退屈に過ごしたくないのなら、
色んなことに関心を持つことが大事なのだなぁと
つくづく思いました。

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