インターネットのチャット。
話が進むうちに決まって「出身は?」という会話が生まれる。
その時、一瞬ためらう自分が嫌だなぁ、
と感じるのは僕だけだろうか。
いきなりですが、
人生には常に“選ぶ”という行動が付きまとってきます。
学生であれば卒業後の進路であったり、
社会人であれば転職や結婚であったり。
日常レベルでは、コンビニで400円の弁当を買うか、
500円の弁当を買うか…。
その大小あれど、人生は自分の選択次第で
大きく変わってしまいます。
どの道が正しいのか?どの選択が正解なのか?
答えは選択肢の数ほど存在するはずなのに、
私達はその答えに対し、正解OR不正解を決め付けてしまいがちです。
それって、多くの選択で形成されている
人生さえも正解OR不正解で判断してしまうのと同じことでは?
これじゃ、あまりにも寂しすぎるっていうか、
つまらないなぁ。
モンチョが思うに大切なのは、
選んだ先のことやそれが正しいか否かではなく、
“選ぶ”ということ自体。
状況に左右されはしますが、
確かな自分の意志が存在する“選ぶ”という行為。
それは自分が信じた「マイアンサー」を
導き出すというという重要な行為ですから。
さて、先日、友人宅で
昔の仲間の写真を見ていたときのこと。
「彼らが今どこで何をしているのか?」という話になりました。
ある人は県外へ、ある人は業界へ、またある人は海外へ。
地元にいるモンチョは彼らに「華々しい」という言葉を使ってしまう訳で…。
この手の話を「へぇ~」と軽く聞き流せず、
つい劣等感ややりきれなさを持ってしまいます。
そんなこんなで考えこんじゃうと、今の自分を
振り返り「これでよかったのかな…?」なんて、
思ったりすることもある訳で。
地元に残るというマイアンサーを過去に出したモンチョ。
やはり「選んだからこそ」という考え方が大切と思いつつも、
迷いや劣等感を抱いてしまうこともある訳で。
これが自分自身を「田舎者」と言わしめる
コンプレックスだったのだなぁ…。
選ぶことさえ許されない状況にいる人達だっているってぇのに、
甘いなぁと思うモンチョ自身(^^;













みなさま、あらためあけまして
おめでとうございまするぅ☆
2004年初っぱなの「サル~」を書き終えました。
まあ、いつ終了するかわからんけど、読んでください(^^;
で、内容ですが
「選択」というか「答え」というか、
テーマはそんなとこです。
今!思ったんだけど、
俺って書き始める時はいつも、
アンダーな状態からスタートしてるね(汗
っていうか、日常がスゲーテンション低いのか!?・・・
まあ、みたいにいっつも悩んで生きてるわけで。。。
選択ってのは本当に大事!
そもそも自分で決めたことじゃなくては
選択とは呼べないでしょう。。。
先生に「君はここの学校へ行きなさい」とかいわれて
行っても全然選んだことにはならん!気がする。。。
うちの高校は一応進学校だったから
大半の人は県外に行っちゃったねぇ。
俺はと言うと、勉強はいまいちしたくなく
てとりあえず考える時間が欲しかったので
プーになることを選んだわけです。
みんなが帰ってくると、
やっぱり変わってのそ土地の言葉を喋ってるのとか
聞くと精神的に「うっ!」となる時期もあったなぁ(^^;うん。
俺も上京したかったんだ(ってゆーかしたけど)。
今は落ち着いて考えてみると納得できる。
自分がなんでこっちに残ったのか?なんて疑問もね。
あの時このくらい自分の選択に自信や責任が
持てていれば劣等感なんてものもなく、
今の今までもっと楽に過ごせただろうなぁ。
まあ、今の自分があるのもそのおかげか。
人生、うまくできてるねぇ。おそまつさま。
***読者さんの貴重な投稿をご紹介します***
◎田舎者バンザイ!!コラムニスト(?)って
カッコイイし。島根はいいトコですよ
(by 鹿児島県出身)
(出雲市・女性/29歳)
◎「サルがままに」を楽しみにしています。
毎回「へぇ~」って気づかされることが
たくさんあって、ちょっとしたことにも
意識のもっていき方が変わります。
自分が選んでるって思えば、
腹立つことやイライラも少しは減らせるのかナ…。
(出雲市・女性/32歳)
☆☆☆貴重な感想ありがとうございます☆☆☆