クリスマス。
親と外食に出かけても、貧しさから
遠慮してチキンライスを頼む子供。
食べたいものを我慢して家計の負担を減らし、
円満を保とうとするその健気な配慮は、まさに親孝行です。
しかし、子供が七面鳥(=食べたいもの)を
幸せそうに食べる姿を見るのもまた、親の幸せなわけで。
つまり七面鳥を注文することも、それはそれで親孝行なのでは?
でも、どちらが親孝行?
う~ん…自分の幸せ=親孝行となれば理想的なんですが。
あと、これが昨年の12月号であれば旬のヒット曲を
話題にした理想的な冒頭になるんですが…。
子供は親孝行をするべき。
一般的にこれが美徳とされています。
肩を叩いたり、食事の手伝いをしたり…。
うんうん、これだけでも立派な親孝行。
では、親が考える親孝行ってどんなことでしょう?
ある雑誌の調査によると、9割以上の親が
「子供が幸せになること」と答えたそうです。
20歳くらいの頃、モンチョの親父は大きな病気をしました。
病院の先生が「もう覚悟しておいてください」と言うくらいの、
ヤベェ状態でした。父頼みだった我が家は、緊急事態。
父のバトンを受け取るのは当然長男、という状況。
その長男だったりする僕が思ったのは、
ぶっちゃけ「なんで俺が家族の面倒見なきゃいけねーんだ!?
俺には俺の人生があるのに…」でした。
好き勝手やって、親にさんざん苦労かけた
「ボロ子」にもかかわらず。
学校を卒業し、自分である程度稼ぎ始めた
当時のモンチョといえば、「俺は自由だ!幸せだ!」と
言わんばかりに毎日遊んでいました。
10日に及ぶ昏睡状態から目覚めた父の第一声、
それは「家のほうは大丈夫か?」でした。
死にかけたくせに、自分の体よりも家族を心配していた父。
「馬鹿だ。俺は」―僕は、恥ずかしさと情けなさで
心がいっぱいになりました。
このやるせない気持ちは今でも鮮明に覚えています。
約5年経った今思うのは
「目先の楽しい時間だけが、幸せではなかった」ということです。
父という存在はもちろん、
父と同じように家庭を守る意識…。
自分の中でそれら全てが欠けることなく、
一つの「円」となって繋がっていったとき、
初めて本当に幸せだと思えるんじゃないのかなぁと思います。
その「円」から生まれてくるのは、
やっぱり「家庭円満」ではないでしょうか。
親が考える理想の親孝行は、
万国共通で「子供が幸せになる」だと思います。
モンチョは昔そんな経験をすることで
「親なんて関係ねぇべ!今がよけりゃよぉ~」って
吼えていた頃よりも、「理想の長男像」に近づけたと思うし、
あの頃見えなかった大事なモノが少しずつ見えてきた気がします。
そしてそれが「自分の幸せ」に繋がっていき、
同時にそれは親孝行にも道が通じていると信じています。













やってしまった。。。
2ヶ月間スランプで悩んでおりました==;
もし楽しみにしてた読者の方がいたなら、お詫びします。
でも決してさぼっていたわけじゃぁ無いのでご勘弁を^^;
今回は親父ネタです。
ってか、いつもと違ったノリでしかかけなかったことに少し反省。
思いっきり身内ネタですね。これ。
実際、身内が大変な目にあっちゃったりすると180度考え方変わります。
ってか変わらされます^^;
よほど出来た人なら今までどおりなんだろうけど。
まあこのネタについて書くと長~くなってしまうのでやめときやす。
とりあえず、うちの親父はしぶとく生きますので(笑
なんだかんだで、家族のことを考えれたあの時期ってのは大事な時間だったなぁ。
細木数子の本ではその時期は大殺界だと言ってましたw
ちなみに今年は上り調子らしい^^
☆☆☆☆☆☆
今回のネタ元→自分。強いて言うなら担当さん、添削が大変だったろうね。ありがとう。
受け売り指数/10%
☆☆☆☆☆☆
あ、めっさ遅くなりましたが、あけましておめでとうございます☆
誰かドカン持ってないですか持ってたらください湘爆の原沢に憧れているんで
誰かドカン持ってないですか持ってたらください湘爆の原沢に憧れているんで
ちなみに中坊です