UNDERDOGでイイじゃない【第22回】

| カテゴリ/ 2005年のコラム



先日、知り合いの女性が珍しく怒っていました。
なんでも「負け犬」と呼ばれたとのこと。
30歳以上の独身キャリアウーマンを指す「負け犬」。
昨年あたりからTVなどでよく使われています。
女性の晩婚化という時代の流れが後押しし、
もはやスタンダードな表現として浸透したこの言葉。
男性のモンチョには計り知れないところだけど、言われた人はたまんねーだろうな^^;



人生における「勝利」って何でしょう?

結婚をしていること?
お金をたくさん持っていること?
仕事が充実していること…?

色々と「勝っている状態」はイメージできます。
「人生の勝利」に対する考え方なんて人それぞれではありますが、
基本的には「幸せの獲得=勝利」と言えそうです。
では「勝ち=幸せ」なら「負け=不幸せ」なのでしょうか?
モンチョは「負け」が「不幸せ」に直結するという図式は成立しないと考えています。

そういえば、ボビー・ジョーンズという人が

「人は敗れたゲームから教訓を学び取るものである。
私は勝ったゲームからはまだ何も教えられたことはない」

という言葉を残しています。
確かに、勝ったのに反省するなんてこと、普通はしません。
勝った時は省みることも忘れ、喜びの感情に身を任せて調子に乗ってしまう…それが関の山です。
しかし負けたときは違います。
誰もが「悔しい」と感じ、少なからず反省モードに入るはず。
普段より「学ぶ」という姿勢にすんなり入れちゃうもんだったりします。
そう考えると「負け」って捨てたモンじゃぁない。
時として、学ぶものの少ない「勝ち」よりも大きな「価値」があるのではないかと思います。

人間、嫌な経験は忘れてしまいがちです。
思い出すのは楽しいことばかり。
誰にでもそんな心当たりがあるはずです。
「負け」は障害や困難の道を避けて通ろうとする我々に、
厳しさと同時に反省を与えてくれるものではないでしょうか。

また、敗北が勝利をより一層嬉しいものにしてくれる
スパイスであることは言うまでもないこと。
負けた経験があるからこその、勝利の喜び、感動…。
サッカー選手って、負けた試合でも当然のようにユニフォームを交換しますよね?
彼らは勝利チームのユニフォームを手にした時、
敗北感や劣等感を胸に刻んでいるのではないでしょうか。
その敗北感や劣等感は、その先にある勝利を飾るための大事なアクセサリー。
負けた屈辱を土台に勝利した方がより輝けるはず。
人生、一度や二度の失敗で終わるほどヤワじゃぁない訳ですから^^;
まあ、派手にユニフォームとかアクセサリーを着飾るまで
負け続けるのもアリかもしれないスね(笑)

時には『前に進むため』に自分の失敗を振り返ってみよう。
顧みた先に本当の「勝ち」があるはず。
ただし、悲観のために振り返ってはダメっスね。
悲観の先にあるのは「負け犬の遠吠え」だけじゃないでしょうか^^;







コメント(1)

実は、今回は「峰不二子」について書こうと思っていました。
書いてるうちに、「あら~これは、難しい。。。」ってことで断念。
また、僕の文才が成長することがあれば、書くかも知れません==;

最近、増えましたね「負け犬」
ってか、失礼な言葉ですよね。だけど流行ってる。

わかんないもんです。

最近世の中も、人の事を毒るのが流行っているのか?
青木さやか、ギター侍、あと誰だっけ、、、ナガイヒデカズ(だっけ?)

彼らもその世の流れに上手く乗った人たちだろうね。
個人的には、人を毒ることは、好かんですね。


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