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8年間グラフィックデザイナーを名乗ったことで得られたもの。

グラフィックデザイナー 仕事・働き方

こんにちは、さる基地(@sarukichi2019)です。

グラフィックデザイナーを8年やったことで、得られたものが色々ありました。
この記事では、僕がグラフィックデザイナーを名乗った8年間で得られたものを紹介します。

グラフィックデザイナーの肩書は自分でゲットした

僕が印刷会社に入社当時、楽しみにしていたコトは

「自分の名刺を作る」

ことでした。

何故かと言うと、自分の名刺は
凄く拘ってかっこよくできたからです。

そのため、通常仕事でかける時間の10倍位は、自分の名刺デザインの時間に使ってました。笑

ちなみに、会社の名刺はちゃんとありましたので
あくまで自分のオリジナル用の名刺ということです。

その時の会社の名刺の肩書は、

「制作1課・・・」のみです。

肩書なしです!

なので、わざわざ個人的な名刺を作り
自分で自由に肩書をつけました。

こうして、僕はグラフィックデザイナーの称号をはじめてゲットしました。
(勝手につけました)

グラフィックデザイナーと呼ばれたくて

僕が印刷会社に入った頃は、ちょうどMacが印刷現場に入ってきだした頃です。

フリーター → 印刷会社に就職した僕は、デザインのスクールとか入っておらず、いきなり現場で使い方を叩き込まれるパターンでした。

なので、何も持たない僕の初期スキルといえば、

  • Macというものを知ってる
  • 電源入れることができる(入れる方法を知ってるんだぜ)
  • Illustratorを起動できる
  • Illustratorで◯とか図形がツールから呼び出せて、「Tツール」で文字が打てる
  • Illustratorで適当に色をツールパレットから選べる
  • Illustratorの終了ができる
  • Macの電源が切れる

という、超しょぼいものでした。

ただ、当時はこれだけでも

「すげー!お前パソコン使えんのか!?」

みたいな羨望の眼差しを周囲(パソコンとか全然知らん人)から浴びることができ、エライ気持ちよかったわけです。

この程度のスキルがあれば、名刺くらいは作ることができたので
たまたま友人に1つ作って差し上げた際に

友人A「お前、これデザイナーじゃん。すげーな」
友人B「おお!さる基地、デザイナーだったの!?」
友人C「まじすげー。地元の星!」

みたいな感じでファミレスでキャッキャウフフと盛り上がりました。

そして、ある気持ちが芽生えたのです。

俺、、、デザイナーと名乗っていいのか!

なんて気持ちいい響きなんだ!

高卒で学歴なし、スキルなしの僕がはじめて得た称号。
とても気持ちが高揚したのを覚えています。

この時から、僕の肩書にグラフィックデザイナーと入ることになるのです。
(個人用の名刺に)

グラフィックデザイナーと名乗るとモテた時代

iMacすら登場しない時代において、Mac使いは「未知の職業」です。

合コンでも

女子「ねぇねぇ、君、職業は?」
俺氏「あー自分、Mac使えるんで一応デザイナーっすかね?」
女子「マ、マック???(なんか凄そう)」

当時はホントMacって、マクドナルドだと勘違いする人ばかりでした。笑

Macは、黒船襲来くらい未知との遭遇だったと思います。

なんで、僕が住んでる地方では
スタバでPCスタイルとか皆無で
もちろん喫茶店やファミレスでもPC使ってる奴なんていなくて

そこでノートパソコンとか開くと、もう圧倒的に

STARなんですよ!!!

用もないのに、パワーブック持ってファミレス行って
一般の人にはわかるはずもないIllustratorの画面を開いて、
◯とか□とかグラフとか開いて、

悩んでいるふりをして、若くして仕事出来るやつを演出www
(ただの高卒なんだが)

視線を一挙に集めておりました。(ペンギン村状態です)

それで、お姉ちゃんに個人用の名刺を渡して
肩書にグラフィックデザイナーって入ってて、
もうそれだけで、結構モテた時代でした。

DTPデザイナーとグラフィックデザイナー

そんな、お姉ちゃんにモテるための努力とは並行して
ちゃんと印刷会社で公式のデザイナーになるための努力はしっかりしてました。

その当時は、

印刷会社が輪転機とか先行投資でドイツからハイデルとか何億円かけて導入して競い合う時代です。

まさに、大海賊時代ならぬ

大印刷時代です。
(実際には陰りが見え始めていたのですが)

印刷も写植からMacとかパソコンと連動する時代に入ったところで
(もう写植とか今の人達はわからないでしょうけど)

D・T・P 黄金時代

を迎える場面でした。

DTPとは・・

デスクトップパブリッシングの略で、「印刷の前段階をパソコン使って便利にやろうぜ」的なことなのだが、あまり需要がなさそうなので割愛します(詳しくはググってください)

そんな、印刷の前さばきをMac使いがやるもんだから
現場のデザイナーは

DTPデザイナー

と呼ばれていました。

※実際にはDTPデザイナーという言葉ないようですけど、まあどうでもOK

入社して2年くらい経つと、僕はこの「DTPデザイナー」という肩書を会社からもらいました。

でも、響きが何か嫌いでした。

・・・わかりにくい(=モテにくい)ですよね。

なので、

グラフィックデザイナー さる基地

という肩書の個人名刺をポケットに装填し
来るべき時に備えていました。

 

グラフィックデザイナーの肩書で苦しみだした

僕みたいにノンキャリで現場に入った人間は
最初に必ずぶち当たる悩みだと思いますが

デザインは、ほぼパクリ

になります。

最初は、勉強のためだと割り切ってアホみたいに有名なデザイナーのデザインをパクってはちょっとだけ変えて、自分の作品みたくやりながら、

そうして

デザインデータを作るための手法

を身につけていきました。

でも、身についたのは「データを作る手法」だけでした。

なぜ、こうしたデザインの意図になるのか?
こうした頭の中での組み立てなど考えていませんでいした。

また印刷会社の現場は、流れ作業のごとく案件が舞い込んできます。

1日にチラシとかパンフとか10〜20件データ作り、こなせ。とか。

そんなアホみたいな時間割で、デザインするための根拠やロジックを自分の中で組み立てる時間が無かったことも事実です。

まあ、これは言い訳でしかないんですが。

そんなこんなで、

自分でデザインする

ということをしなかったもんですから

「オリジナルのデザインって何だろう。どうやってやるんだろう。」

「・・・俺ってデザイナーじゃないじゃん。。」

と苦悩するようになるのです。

その時から、名刺の肩書欄にデザイナーと入れることにすごく抵抗があるようになりました。

本物のグラフィックデザイナーになるために

本物のグラフィックデザイナーになりたい!

そう思った僕は、今まで以上にデザインの書籍や情報をかき集めたり
地元のデザイナーと呼ばれる人たちとコミュニケーションをとった
今まで以上に模倣を重ね、その都度「どうしてこういうデザインになったんだろう?」ということを常に考えるようにしました。

結果、、、

本物のグラフィックデザイナーには、それでもなれませんでした。笑

普通なら、ここで「なれました〜!!」となると思いますが
僕はなれませんでしたねw

というのも、「オリジナルとは何ぞや」にこだわりすぎていたんだと思います。

作るもの作るもの、どこかで見たなと
病的に気にするようになってしまってたのです。

今でこそ思うことですが、
コレは割と当たり前のことで

模倣を重ねて、自分の中でノウハウをためることで、
思いついたアイデアから、ほんのちょっとのオリジナリティが出る

のになーと。

その頃は、何を血迷ったか

100%オリジナルのものを作りたい!

ってなっちやったんですよね。

その後、グラフィックデザイナーが得たもの

途中会社の肩書も時代に合わせて
「DTPデザイナー → グラフィックデザイナー」と変わりました。

僕はと言うと、

色々悩みながらも、会社では着実に実績を積み

結局公私ともグラフィックデザイナーの肩書を名刺に入れ仕事をしてました。笑

自問自答を繰り返しすぎると、

まあ、どうでもいいや。

となってきます。ある種の悟りでしょうか。笑

少し変わったのは、

そうした自分の中での評価よりも
模倣っぽいとはいえ作った作品でクライアントさんが
「効果あったよ」なんて聞くと、

もうそれだけで胸がいっぱいになって

「十分でしょ。これだけで」

と納得するようになってました。

グラフィックデザイナー8年間で得たもの まとめ

結局僕がグラフィックデザイナーを名乗った8年間で得たものは

  1. グラフィックデザイナーを名乗ることでの高揚感
  2. グラフィックデザイナーを名乗ることでモテた
  3. グラフィックデザイナーを名乗ることでデザインのことを真剣に悩むことができた

この3つでした。

それでも、こうした「デザインとはどういうものか?」と問いかけた8年間は、

広告営業になった今でもしっかり私のベースとして生きて役立ってます。

よくデザイナーさんに、「どういう意図でこのデザインになったの?」とか偉そうに聞けるのは、こうした悩んでいた時間があって問いかけることができてます。

また立場がわかって、デザインというものにも違う角度で真摯に考えることができています。

このしっかりもがいて苦しんだ(そしてモテた)8年間に感謝。

(完)